「見たくないもの/見たいもの」 (matsu/28歳/Tへ)
ねえ、あんたは、届かない手紙って書いたことある?
今、私はこんなところに、あんたのことを書いてる。それは私が知ってるからだよ。あんたが、こんな手紙を嫌うってことが。そして、こんな手紙を書く私のことを馬鹿にするってことが。これを知ったら、もっと軽蔑するんだろうね。でも私は書くよ。そうでもしないと、胸ん中がおかしくなりそうだもの、特に、今夜は。
さっき、あんたの彼女の日記を見ちゃった。インターネットって嫌だね。あんたのブログのリンクページ、もしかして、と思って押したボタンは、いちばん見たくない日記に私を連れこんだ。あんたのことを「ダー」と呼ぶ彼女が、その日、忙しいあんたの家で料理を作って、あんたの世話をして帰ってきたことを書いてた。幸せそうな日記には、彼女の友達らしい人達の祝福コメントがいっぱいついていた。「私にもそのハッピー、分けて!」とか「今度、その彼も一緒に呑もうよ!」とか。……分けて欲しいのは私の方だよ、そのハッピー、というよりその彼氏。一緒に呑みたい、2人きりで。
ほんとは知ってる。私は、そんなこと言える立場じゃない。大体、彼女じゃなかったんだもの。行きつけのバーのカウンターで、何度か顔を見ていたあんたと、偶然2人きりになって、そのまま盛り上がって持ち帰られて、次の朝あんたが言った台詞はこうだった。「そうだなあ」「次の彼女ができるまでだったら、こうして会ってもいいんだけどなあ」最悪。そんな最低な台詞、言われたことなかった。あんまりビックリして、あんたに興味を持った私は大馬鹿だ。あらかじめドアを閉めたあんたと、そのドアの向こうに興味を持った私。子供の追いかけっこなら、それでも少しは楽しめたろう。その後、少しばかりの関係を持った私たちみたいに。
期間でいえば、あっという間だった。私たちは、食事をして、お酒を飲んで、ベッドに入って、朝を迎えて。それだけを繰り返した。ときどきはクラブイベントに潜り込んで、頭のおかしな人たちがいっぱいの中でキスをしたりした。点滅する光の中で、ふと見えるあんたの顔。
そう、私はあんたの顔が大好きだった。とくに笑顔。あんたの笑顔ったら、ぜんぜん男らしくないの。まるでお母さんみたい。口は悪いし、ベッドじゃあんなことするあんたなのに、笑顔だけは優しくて、ふんわりしていて、私はその顔を見る度に、幸せで泣きそうだった。それだけは、何度でも言える。それ以外は、ひとつも幸福な関係に思えなかったのに。きっと私は、あんたの周りの誰よりも、あんたの笑顔を愛してた。
「付き合う子とは、ずっと一緒にいたい」って言ってた通り、あんたは今、仕事と彼女で手一杯で、私に会う時間なんてない。違う、ないのは時間じゃない。会いたいっていう、そういう気持ち。あんたはもう、私にそんなことを思わなくなっちゃったんだよね。別にそんなこと構わない。あんたが誰を好きだって、その子の日記がどんなに幸せそうだって、私はへっちゃらだ。
でも、ひとつだけ。私は、あんたの笑顔が見たい。あんたの笑顔を見たい。あんたの、私をまっすぐ見て、ふわっと目を細める、あの笑顔に、
今、たまらなく会いたいんだ。